top of page

Gallery - 作品展示

午前0時の歌声

ダンジョンというのは、まったくもって気が滅入る。  
  それでも地下に潜っていく洞窟ではなくて空へと登っていく塔だからまだマシな方だよな、思いながら一行の一応のリーダーである勇者は欠伸を噛み殺した。

ーー何が悲しくて陽が落ちたってのにこんなとこにいなきゃならねえんだよ・・・・・・  

  愚痴を言いたくなったが、ギリギリのところで口に出すのは堪える。他の仲間もいる手前、テンションを落とすようなことはしたくないた。アリアハンを出た頃は一番頼りなく他のメンバーたちに押され気味だった彼も少しはリーダーらしくーー勇者らしく大人になったということだろうか。  

 アープの塔、確かそう言ったか。  

 昼前には塔に入ったというのに、窓の外が暗くなり星が瞬き始めてもまだ目的のものは見つからなかった。無駄に塔の内部が『凝った』作りになっているからなのだが、ダンジョン攻略を趣味にしたトレジャーハンターでもない限りそんなことは嬉しくもなんともない。 勇者は勿論嬉しくないと感じる種の人間だし、仲間たちも例に漏れない。勇者は彼同様黙りこくっている仲間たちに目をやった。  

 杖の先端に魔法の灯を点して着いて来ている赤毛の女性。このバラモス討伐の旅に力を借してくれている彼女は腕のいい魔法使いだ。天真爛漫で明るい彼女もさすがに夜中までの行軍は堪えているのか憂鬱そうだ。  
 彼女の隣を歩いているのは系統関係なく魔法関係に長けている賢者だ。知的でクールと絵に書いたように捉えどころのない彼だが、今日はどうやら不機嫌なのか、塔に入ったそのときから一言も喋っていない。  
 一番後ろを歩いている少女に視線は移り、勇者は今日彼女を見て何度もそうしたようにわずかに首を傾げた。一行の中では一番付き合いの古い武闘家である。 体術に精通した戦いのエキスパートである彼女も、見た目は普通の華奢な少女だ。そんな彼女の様子が、塔に入ってからおかしい。そわそわと落ち着かない様子で、たまに何か言いたそうに口をぱくぱくさせては諦めたようにうなだれたりしている。

「どうかしたのか?」  

 もう何度も繰り返したように、勇者が問い掛ける。そして、もう何度も繰り返された答えが返ってくるのだ。

「・・・・・・別に」  

 そしてまた、沈黙の行軍が始まる。  
 本当に、ダンジョンというのはまったくもって気が滅入る。

* * * * * * * * * *

「・・・おい」  

 沈黙を破ったのは本日の不機嫌の代名詞、賢者だ。眉間に深い皺を寄せて突然後ろを歩いている武闘家を振り返った。

「鬱陶しい」  

 吐き捨てるように、一言。  
 しばらくぽかんと彼を見上げていた武闘家はその言葉が浸透してくるとみるみるうちに渋面になった。

「あんたの男のクセに長ったらしい髪には負けるわ」  

 それを見ている勇者と魔法使いは顔を見合わせる。お互いに困ったような表情をしているが、その中にはわずかにホッとしたような苦笑が浮かんでいた。  
 お互いにエキスパートとは言え方向性はまったく違う、言わば『似て非なる』二人の口喧嘩は珍しくはなく、いちいち首を突っ込んでいては疲れるだけだ。徒歩基本の旅の一時休憩のいい口実であるし、止める気は更々ない。ただ、いつもの光景が繰り広げられることで沈黙が破られるのが妙に嬉しかった。

「髪型は関係ないだろう。お前の性格が暗くて鬱陶しいと俺は言っているんだ」
「あたしの性格なんてあんたの髪のウザさに比べたらまだまだだわ!いっそのこと五分刈りにしてもらいたいくらいウザいっての。かっこいいとでも思ってるわけ?鏡見といた方がいいんじゃない?」  

 二人が言い合っている間は休憩にすることにした勇者と魔法使いは、言い合っている二人のヒステリックな声をBGMに出窓に腰掛けてぼんやりと外を眺めていた。広い夜空一面に星が瞬いていて、魔王の侵略だのなんだの、一瞬忘れてこの世が平和であるような錯覚に陥るーーそれが果たして悪いことなのか、それとも良いことなのかはわからないが。
「でも本当、どうしたんだろうね。珍しいよね、あの子がソワソワしてるの」  
 魔法使いが夜空から仲間の少女に目を移した。
「う~ん、俺にも何も言わないし」
「リーダーに言わないことを私に言うわけないか」  
 ため息をついた魔法使いがなんだか気の毒に思えて、勇者はまだ言い合っている二人に歩み寄る。彼自身は武闘家の弱味を見せたがらない性格に慣れているので何も言わないことをあまり気にしないが、魔法使いのような優しい人間には負けん気の強い武闘家は理解しがたく、どう付き合えばいいのかわからないのではないのだろうか。

「いい加減にやめとけよ。でも、お前ら本当に今日おかしいぞ?考えごとなら言ってみな?」  

 勇者の言葉で口喧嘩をぴたりと止めた武闘家の顔が、パッと紅潮した。それを見ていた勇者と賢者、歩み寄ってきた魔法使いが顔を見合わせる。
「調子悪いの?」  
 魔法使いの問いに武闘家は首を横に振る。
「何か気になることがあるとか」  
 勇者の言葉に小さく頷くと、彼女は窓の外に目をやる。

「もう、日付変わっちゃったかな・・・?」  

 さぁ?と、勇者が首を傾げて、懐中時計を取り出した魔法使いの手元を覗き込む。なんで突然日付なんて気にするの、不思議そうに呟いた魔法使いがぱかりと時計を開ける。時計が読めない武闘家は、窺うように魔法使いを上目遣いで見つめた。  

 3人が3人、時計に意識を持って行かれていたので、賢者が突然真っ赤になって口元を覆ったことには気付いていなかった。

「あらら、なんかグッドタイミングね。あと30秒で日付変わるわよ」  

 魔法使いの言葉に武闘家がオロオロとポケットや荷物を引っ掻き回す。彼女の反応に驚いた魔法使いは、勇者か賢者ーー他の仲間たちに何が起こっているのか聞こうとして、やっと賢者が真っ赤な顔で視線を泳がせていることに気付いた。意外と大きな手に覆われた口元がにやけているのがちらりと見える。  
 彼女の頭の中で、幾つかのピースがパズルのように繋がって一つの形を作り始めた。いつもに増して不機嫌な賢者、そわそわと日付を気にする武闘家ーー  
 そういえば以前、魔法使いもそのことを聞いたことがあった。

「ちょっと、あんたそういえば、今日・・・」  

 真っ赤になってあらぬ方向を眺めている賢者に向かって全部言葉にする前に、あたりに歌声が響いた。

* * * * * * * * * *  

 アープの塔は、その構造のせいかやけに音が響く。決して大きくはない武闘家の歌声も、壁に反響して少し柔らかく耳に馴染んだ。歌と踊りで日銭を稼ぐような旅芸人に比べれば稚拙で基礎もなっていない歌声だったが、想いのこもった透明な歌声はどこか懐かしい、暖かい響きを孕んでいる。

「歌?」  

 勇者は一人わけがわからず首を傾げる。魔法使いはくすくす笑いながら肩を竦めた。
「忘れてたわ。今日ーーもう『昨日』になっちゃったわね、賢者の誕生日なのよ」  
 ちらりと時計に目をやる。武闘家が何かプレゼントを探しておたおたとしている間に30秒経ってしまったのか、日付は既に変わってしまっていた。もっとも、賢者の表情を見る限りではあまり日付は関係なさそうなのだが。
「なるほど・・・あ、そういや俺もこの歌知ってる。バースデーソングだな」  
 小さく口ずさみながら勇者はポケットに手を突っ込んだ。取れてしまったシャツのボタンと、小銭と、チューインガム数枚。残念ながらプレゼントになりそうなものは何も入っていないがーーまあ、チューインガム1枚で我慢してもらうことにしておく。  

 やがて歌い終わった武闘家は、恐る恐るといったふうに賢者の様子を窺う。  
 本当は勇者と魔法使いを誘ってケーキでも買おうと思っていたのだ。けれど今日は塔に行くというし、塔の中にケーキ屋なんてあるわけがないし・・・いきなり歌うなんて本当は死ぬほど恥かしいし、第一、日付だって変わってしまったけれどーーけれど、それでも何かがしたかった。 ほんの自己満足の行為だけれど、賢者が喜んでくれたら嬉しいというのが本音でもある。

「・・・何考えてんだ、お前。考えが足りなすぎるぞ、この単細胞」  

 だから、彼の口からこんな言葉が漏れたのを聞いて武闘家は悲しくなってしまったーーそれ以上に腹が立ったから、かろうじて沈み込んだりはしないけれど。

「こんなとこで歌ったら・・・あぁやっぱりっ、モンスターだっ!」

「・・・げ」  
 埃を舞い上げて自分たちの方に突っ込んでくるモンスターたちを見て武闘家はがっくりと肩を落とす。恥をかいただけではあきたらず、モンスターまで呼び寄せてしまった。少し考えれば音をたよりにモンスターが寄ってくることなど予想できたのだが、とにかく焦っていたのだ。
「うぅ~・・・」  
 前衛で剣を構える勇者の隣に立って、武闘家は軽く構える。
「ごめん。敵呼んじゃったよぉ」
「気にすんなって。けっこう上手かったぜ。ーーじゃ、行くぞっ」  

 勇者と共に真正面から敵に突っ込んだ武闘家は、ふと自分の身体に違和感を覚える。ちらりと振り返ると、何かの呪文を唱えている賢者と目が合った。彼はパッと頬を紅潮させて、顎で前を指し示す。 戦いに集中しろ、と、多分そう言いたいのだろう。前に向き直った瞬間に、武闘家に敵の一撃が襲い掛かる。すかさず反撃を繰り出しながら、彼女は違和感の正体に気付いて自分の行為 が不発ではなかったことを知った。

(成程・・・スカラ、ね)  

 顔に血が上って熱くなってくるのを気合一つではねのけると、切り替えの早い彼女はすぐさま戦闘に集中した。    


 守備力を上げる魔法ーースカラを発動させた賢者は、次に唱える呪文を吟味しながら前衛で戦う武闘家に目をやる。相変わらず『攻撃は最大の防御』を実践した戦い方だ。いつもいつも怪我をすることなんて構わずに突っ込んでいく彼女の無謀さに、今日は一段と磨きがかかっている。 スカラをかけたことに気付かれたかーー思いながら、 賢者は気が散ってうまく魔法を発動できそうにないことを自覚して腰の剣を抜いた。  
 本当は、嬉しかったのだ。別に誕生日を祝って欲しいだなんて子供じみた軟弱なことを思ってはいないが、それでも一年に一度しかないこの日をよりによって塔の中で一日中探索して過ごすというのは決して嬉しいことではない。そんな中で一日中ソワソワしていた武闘家が実は自分のことを考えていたと思うとどうも笑いがこみ上げてくる。  

 敵の攻撃をぎりぎりのところで避け、賢者はあまり得意ではない剣でそれに対応しながら今の状態でも充分発動してくれそうな簡単な攻撃魔法を唱え始める。  

 やがて一行の圧倒的とも言える強さに、戦闘は終了した。勇者が武闘家に回復呪文を唱えるのを眺めながら、賢者は一つ息を吐くと服についた埃を払い剣を収めた。

* * * * * * * * * *  

 そして再び沈黙の行軍が始まったが、『昨日』とは違う点があった。ひとつはもう武闘家がそわそわとしていない点、そしてもうひとつはーー

ーー不機嫌だったはずの彼が、いつの間にか上機嫌になっている点。


Written BY NO.5 パブロフ犬子さん

Copyright ©2002-2019 賢武同盟 All rights Reserved.

bottom of page